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キンカ堂

布や裁縫関係を買おうと思ったら、今はユザワヤだけど、私が子どもの頃は池袋にあった「キンカ堂」だった。あのキンカ堂が店を閉じたと聞いた時は、驚いたし悲しかった。でも今改めてwikiを読むと、知らないコトの方が多かった。

50年以上前、私と姉の普段着はほとんど母がミシンで縫っていた。母は当時の女性らしく和裁洋裁をちゃんと習っていたので、私達のサイズを測って原型という物を作って、雑誌などを参考に作りたい服の型紙を作って、布を裁って縫う。つまりオーダーメイドの普段着を着ていた、贅沢な話。

私は何も習ってないので、ありものの型紙を買って作るのが精一杯。ミシン掛けは好きなので、お針子ならできる。お針子なんて今は死語だろうけど、何とも良い響き。イヤ、お針婆か。

母のミシンはジャノメのもちろん足踏み、南側の明るい場所でいつもミシンを踏んでいた。というイメージだけど、自分で作って分かるのは、ミシンを掛ける所まで行ったらもう完成間近、母はよく「裁てば半分」と言っていた。採寸から布を裁つまでの工程を思うと、半分どころかできたも同然。

母がキンカ堂に布を買いに行くのにくっついて行って、店内の反物の布の山をワクワクしながら眺めていた。お客は欲しい反物を選んで、向こう側にいるおじさんに「コレ、5m」と言うと、1mの物差しで測ってハサミでサーッと切って伝票と一緒に渡される。何カ所か廻って、最後に会計して重くなった荷物を提げて帰ってくる。母はさぁ作るぞ!と思っていただろう。

二十歳過ぎに作ってもらったジャンパースカート2枚はまだ持っている。その頃から、池袋パルコで安い服を探して買うようになった。安いと言っても選んで選んで1枚買う感じ。今と違わない値段、イヤ、今の方が安いくらい。手間を掛けて服を作るコトはなくなった。

50年が過ぎたんだから、変わって当たり前だよね。

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非公開コメント

こんにちは(^_^)

ノスタルジックな良いお話しだなぁ (*´ω`*)
私が物心ついた頃は、婦人雑誌の付録に型紙がついていましたね。
それを使って私もいくつか服をこしらえてもらったなぁ。
お手製のワンピースとか、今考えたら本当に贅沢な話ですよね。

お母様の「裁てば半分」というのは分かる気がします。
私は不器用で被服の実習授業も苦手だったけれど
色々思い返すとチャコペンの匂いとか漂ってくるみたい~

もなみ99様

こんにちは~、いつもコメント頂き、ありがとうございます。

「被服の授業」コレも死語じゃない?今、なんて言うんだろう?家庭科で全部なのかな、やらないってコトないよね。いっちゃんにでも聞かないと分からないね。^^;

今の子は、服を家のミシンで縫うとか想像もできないでしょうね。何でも買えるようになったけど、輸入が止まればマスクも買えないなんてね。昔は良かったとは思わないけど、ちゃんと考えないと、とは思います。

今日も暑かったです。お互いに体調管理しっかりしましょう。^^)

No title

キンカ堂、2010年まであったんですね。知らんかったぁ。看板などは見覚えがあるんですけど、吉祥寺のユザワヤの方かなぁ、我が家は。昔は、手作りでしたね。私も母が作った服を着ていましたよ。

TORU様

そうなんだ、男の子もお母さんの作った服着るんですね。^^)
私も自分で使う物は吉祥寺のユザワヤです、っていうか、でした。改装でキラリナになってからあんまり行ってないですが、娘が小学生くらいまでは1日中遊んでいた感じ。
プロフィール

もふもふ903

Author:もふもふ903
昔は「スーパー主婦」と言われたこともあったけど、時は流れて、スーパーをうろつく「もふもふ主婦」に。
飼ったことは無いけれど、猫が大好きで、どこかで遭遇するのを楽しみに暮らしてる。

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